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観光業部会

潟Cタリア軒

創業明治7年、一世紀余の伝統の老舗ホテル

会社紹介
・社名

潟Cタリア軒

・住所 〒951-8061
新潟市中央区西堀通7-1574
電話:025-224-5111(代)
FAX:025-224-5142
・E-mail kikaku@italiaken.com
・ホームページ http://www.italiaken.com/
プレゼントコーナー
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レストランご利用券【3名様】 3名
★レストランご利用券をプレゼント
創業以来、今も存在する西洋料理店では日本最古とも言われるイタリア軒。
ホテルとなった今でも最高の味とサービスをお約束します。

●大観苑…とりわけ食は広州にあり、といわれるように広東料理を中心に、新鮮な山海の珍味を取り揃えております。
●ゴンドリーナ…キャンドルライトが揺れるディナーテーブルには最高級の食材を使ったディナーメニューが並び、カクテルやワインも楽しめます。
●コモ・マルコポーロ…現代ビジネスマンにフィットするメニューも豊富。文明開化から始まったイタリア軒の「洋食」の味と香り。
●割烹蛍…四季折々の会席料理から、地酒とともに味わう郷土の味など献立も多彩。

▲「堀と柳の街にいがた」西堀通に面したホテルイタリア軒界隈は、「柳都新潟」「花柳界」を感じさせる絶好の地点。

▲明治7年、イタリア人ピエトロ・ミリオーレは県令楠本正孝の支援を受け、牛鍋屋を開業。それから1世紀「イタリア軒の味」が生き続ける。

 
創業当時は新潟の鹿鳴館と謳われたイタリア軒!今はイタリアンクラシカルに、伝統料理と温かいおもてなしでお迎え。

明治7年の夏、開港で活気づく新潟にやって来た、フランスのチャリネ曲馬団一行の中に、イタリア人の青年コック、ピエトロ・ミリオーレがいました。ミリオーレは大けがをして、一行から置き去りにされたのですが、新潟で曲馬団に雇われていた、権助とおすいが親身になって介抱をしました。この話に感動した当時の県令楠本正孝は、ミリオーレに牛鍋屋を開く資金を出しました。いつかおすいと夫婦となり、幸せな時を過ごしておりました。

ところが明治13年の大火で店は焼失してしまい、ミオラはショックでイタリアへ帰ろうと思い悩みましたが、周囲の人達の励ましで西堀の現在地に、日本でも最初の本格的西洋レストランを誕生させました。おすいの発案で「イタリア軒」と名付けた瀟洒な洋館と料理の味は「これぞ新潟の鹿鳴館」と誉めたたえられ、最先端をいくレストランとなりました。

それから1世紀、ホテルに生れ変わった今も、ホテルのレストランには、ミオラの創った「イタリア軒の味」が生きつづけています。


▲キャンドルライトが揺れるディナーテーブルには最高級の食材を使ったディナーメニューが並び、カクテルやワインも楽しめます。
 
函館五島軒、上野精養軒とともに新潟イタリア軒は「三大軒」と称された!

イタリア軒は、五島英吉氏創業、120年の歴史を誇る「函館のカレー・五島軒」、北村重威氏創業、130年の歴史を誇る「鹿鳴館時代の象徴・上野精養軒」と並ぶ三大軒と称された!

明治7年、西洋料理は文明開化のシンボルとされ、「和」文化の濃い北陸の地で、新しい食文化を取り入れた伝統あるイタリアレストランなのです!「確実に立証できないが、日本で最初にミートスパゲッティーを出したのではないか?」とも言われているという


▲割烹蛍は「2002年新潟市都市景観賞」を受賞。蕗谷虹児の「花嫁人形の碑」が玄関前にあり、新潟の街歩きには欠かせないポイント。

▲割烹蛍では、和食業界でトップクラスの板長本間二郎氏が「新潟らしい味」を追求する!

 
「新潟らしい味」の追求も最先端!

別館である割烹「蛍」では、伝統あるイタリア料理とは別に、「新潟らしい、季節感を感じさせる会席を」というコンセプトがある。ナンバンエビ(甘海老)を代表とする新潟の旬の素材をこだわりぬいて、和食業界ではトップクラスの本間二郎板長が捌きます。

「金襴緞子の帯締めながら 花嫁御寮はなぜ泣くのだろう…♪」新潟で生まれ少年期をこのイタリア小路近くで過ごしたといわれる蕗谷虹児の「花嫁人形の碑」が割烹蛍の玄関前にある。割烹蛍は「2002年新潟市都市景観賞」を受賞!

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